
約2000年前の「蓮の種」の発芽に成功した大賀一郎博士(1883-1965)。その種子は「大賀蓮」と呼ばれ、今や百倍以上になって全国に広がり結実している。大賀は中学時代に聖書の言葉に触れたようである。神の言葉は「種」、人の心は土地に似ている。大賀に蒔かれた神の言葉の「種」は、19歳でチブスに罹り進学を断念して失意にあった時、すでに根を張っていた。翌年の1902年1月、岡山基督教会にてペギー宣教師から洗礼(バプテスマ)を受けている。彼は内村鑑三に励まされて東京帝国大学・植物学科に進み、自宅を開放して聖書研究を続けながら植物学者となった。しかし彼の道は平坦ではなかった。同僚の教授からの圧迫、戦禍による自宅消失、貧困と闘いつつも兄弟を引き取って面倒をみたり、妻にも先立たれている。しかし彼もまた神の言葉に養われた一人なのである。人生の途上では自分ではどうしようもない出来事、生きる望みすら奪われそうになる事もある。しかし、その試練の中でこそ心が耕され、成長へと向かう事がある。土地は自らの環境を選べず、自ら障害を取り除くことはできない。しかしよい土地になるよう耕す存在がある。それは神だ。だから焦る必要はない。何千年経っても発芽し、花を咲かせる種のように、神の言葉があなたの人生に深く根を張り、あなたの内から恵みの水源を見出させる。ゆえに他人と比べなくともよい。神の言葉に力があり、命がある。成長させるのは神なのだから信頼して、前向きに生きよう。(2025.2.16)